16時21分

1997年秋生まれ 暮らすぞ

鉄棒と約束

「とにかくさ、お金は出すから、今週末にでも会いに来なよ。」

電話口でその言葉を反芻する無心のタイムラグが10秒ほどあってから、唐突にわっと泣けてきた。

いつもなら、電話が掛かってきて声を耳にした途端に安堵の涙を流していたと思うのだけれど、こうも参ってしまっていては、感情ひとつ動くのにも、よっこらしょと時間がかかるのかもしれなかった。

 

 

その日は朝9時頃、インターホンで目が覚めた。いつもはまだ寝ている時刻なのだが、クール便の再配達…?と思いなんとか起きて受話器をとると、エントランスからこんな声がした。「警察の者ですけど、心配したお友だちから通報があったので、ちょっとお話聞かせてください〜。」

気持ちがヒュッと冷えた。

…思い当たる節、めちゃくちゃあるぞ。

たしか昨晩、わたしはある友だちに対し、かなり心配をかける言動を取ってしまった挙句、くれた返信に既読をつける元気すらなく、放心しているうちに、泣き疲れて眠ってしまっていた。

音沙汰がないわたしのせいで友だちに、ほんとうに死んだのでは?と気を揉ませてしまったのだ。

近くの交番から来たという年配のお巡りさんに促されて、県警の人と電話をつなぐ。

「自殺をほのめかすような投稿をしたり、そのような言動をとりましたか?」

ほのめかすというか…と言いながら笑ってしまい、怪訝そうにされた。もちろん笑う場面ではなかったのだが、ほのめかすって言い回しが腑に落ちない。なんだかそんな言い方じゃ、わたしが死んでしまいそうだったことが、本気じゃないと言われているみたいだ。

「そちらにはご家族と一緒にお住まいですか?」

「いえ、ひとり暮らしです。」

「そうですか…。近くにご家族や親戚の方はいますか?」

勘弁してくれ、と思った。近くに家族や親戚がいることが却ってセーフティネットにならない人間もいるんですよ。そう言えなかったのは、家族や親戚との"世間的に好ましいとされる"関係性の正しさを突きつけられたようで暗澹たる気持ちになったからだ。そしてその世間的な好ましさや、県警の人の質問の正当性を前にして、わたしはというと、必死で黙り込んだ。そうしないと、泣き出してしまいそうだった。

らちが開かないと思われたのだろう、電話は短く終わり、万一のためにと名前と連絡先を訊かれ、なにかあったら交番に来てくださいねと声をかけてくれて、お巡りさんは帰っていった。

ひとりになった途端に、鋼のようにどっと全身が冷えた。緊張したせいかもしれなかった。

 

110番をしてくれた当の友だちが、貴重な会社の昼休憩をつかって、電話を掛けてくれた。

お弁当食べなくていいの、とおそるおそる訊くと、会社のロッカーで食べながら電話してるよ〜と教えてくれた。かたじけなかった。

「通報、迷惑かけてごめんねぇ。おうちに来た人、怖い人じゃなかった?心ないこと言われなかった?」

あぁ、優しい。心配や迷惑をかけているのは明らかにこちらなのに、なんでこんなに、と思う。

うまく返事ができずにいると、見かねた友だちはこう言った。

「とにかくさ、お金は出すから、今週末にでも会いに来なよ。迷惑かけちゃったから、大阪ステイをプレゼントにしま〜す!」

 

あとからあとから、涙が伝った。とにかくさ、会いに来なよ。あ〜、わたしはこの言葉がほしかったんだなと思った。こんなご時世にこんなこと、思ったり書いたりしちゃいけないかもしれないけど、だけど。誰にも抱きしめてもらわずにいるの、もう限界だったんだな。

けれど、そうは言っても、あっちは大阪、こっちは九州である。お金を出してもらうなんて申し訳ないし…そもそも、県を跨ぐ移動制限が解除されたとはいえ、このご時世で遠出をするなんて…。

そしてなにより、ちっともイメージできなかった。死ぬ、のほうに傾きすぎているのを、これ以上傾いてしまわないようにキープするのでせいいっぱいのわたしには、

死なないほう、生き続けるほうに焦点を合わせ、その先に続く日々を前提として「約束」をすることが、とても難しく感じられた。

けれど、だからこそ、しなければならないのだと、次第にわかった。それでわたしは、大阪に行く約束をした。行く、とかいって、連れ出してもらったのだが、ほんとうは。

 

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約束の金曜日。マスクをして、ふだんより重いリュックを背負って、新幹線に3時間ほど、車窓の曇天の猛々しさに見惚れているうちに、新大阪という場所に着いた。梅田、心斎橋、聞いたことあるぞ…などと思いながら地下鉄を2本乗り継ぐと、友だちの暮らす街の最寄駅だった。

両手をひろげて駆け寄ると抱きとめてくれたので、涙がとまらなくなった。友だちは仕事帰りだというのに終始にこにこしていて、駅の近くで6個300円のかわいらしいたこ焼きをふたりぶん買ってわたしを連れ帰り、一緒にたこ焼きをたべたあとには冷蔵庫の桃を剥いてくれた。

 

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その夜は魚市場にある24時開店の天ぷらや(足下いちめんにあさりのガラが放ってあった)に2時間並んで天丼を食べて眠り、つぎの日は映画館で「もののけ姫」と「風の谷のナウシカ」を観た。その翌日は午後に起き出し、ふたりで灯台まで散歩した。日々はあっという間で、お互いの仕事もなくあそべるのはその日が最後だった。

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久しぶりに食べたいね、大学生の頃はときどき行ったよね、という話になり、その日の晩ごはんは回転寿司に決まった。赤えび、穴子、鰹、ワンタンメン、ほっき貝、漬けごま真鯛、わらび餅。たらふく食べて、帰り道、夜9時過ぎのちいさな公園に寄り道をした。ブランコに揺られたり、野良猫に話しかけたりしていたが、わたしは不意に鉄棒のことが気になった。

鉄棒のことが気になった、という言い方は、たぶん不自然だ。鉄棒をしたくなった、とかいうほうが自然なのだろうが、そうは言えないのだ。なぜなら、わたしは鉄棒ができないのだ。

わたしは、鉄棒のまえまわりも、なわとびの前跳びも、まるでできない小学生だった。そしてそのまま、大人になった。大人になると、そんなことはできなくてもいじめられないし、友だちもたくさんできた。

けれど、大人になることは、思っていたよりもつらかった。生きていくには、お金が必要で、ほとんど不可抗力で死にたい気持ちになってしまう病気に苛まれていても、生来の障害を抱えていてできることとできないことの差が激しくても、そしてそれらを理由に大学を中退していても、健康な人がそうであるようにわたしも働かなければならず、健康な人ですらときに弱音を吐く"働く"ということが、そして生きていくということが、わたしにはとてもとても、負担に感じられていた。

小学校中学年の頃、世界には地球を○△□○回壊滅させられる数の核兵器があります。と習ったとき、クラッとした。この地球上に安全な場所などないのだ、と判り、端的にいうと絶望した。わたしが毎日何年も何年も食べて生きてきたものがほかの生命であると初めて明確に気付いた時も、ゾワっとした。なんの自覚もなく奪って来たのだと知り、背負いきれない、とこわくなった。

わたしは大人になるまでに、ミサイルが飛んできたり、戦争が起こったりして、じぶんは死ぬだろう、世界はそのくらい脆いだろうと思っていた。高校3年生まで、本気でそう思っていた。大人になったじぶん、を、想像したことすらなかった。できなかった。

けれど、現実はそうではなかった。わたしは死ななかった。生きている。なので、とても困った。これから一体、どう生きていけば?

 

やってみる?と、友だちが聞いた。

わたしはやってみたかったので、両腕に力を入れて、ぐっと足を浮かせた。

こ、こわい。地面が遠く感じる。あそこに向かって、頭から突っ込むなんて無理だ。手を離したら、落ちてしまうかもしれない。どうやって回るのかの仕組みもわからなければ、手を離さなずにいられる自信もなかった。

友だちに頼んで、何度もお手本を見せてもらった。途中で止まって見せたり、言葉で説明を挟んだりしながら、何回もまわって見せてくれた。けれど、何度見ても、どうやって後半の180度を描いているのかの仕組みがわからなかった。

わたしは、身体を持ち上げるところまでは行くものの、どうしてもそこでこわくなった。わからないことは、できないと思った。わからないものに身を委ねるのは、こわいとおもった。

こんなこと、できなくてもいいんだよ。友だちはそう言ってくれたけれど、

わたしにとってこれを諦めることは、これ以外をも諦めることのように思えてきていたので、絶対にできるようになりたかった。今やらなかったら、もうずっとできない気がした。

両腕に力を入れて、身体を持ち上げる。どうなるかはわからない。わからないけれど、わからないから、やってみるしかないのだ。

勇気を出して一気に体重を前にかけた。ぐわん、となにもわからなくなって、ドスン!と強い衝撃が来た。びっくりして、反射的にじわっと涙がでた。

「落ちたの?失敗した…?」

「ううん、できてたよ。低いところでやったからお尻を打っただけだよ。高いほうでなら打たずにできるんじゃない?」

高いほうへ移動して、もう一度身体を持ち上げる。今度はなんだか、あんまりこわくなくて、すこしわくわくする気がする。一気に前へ体重をかけて、ぐわん、すたっ。

気がつくと地面に足がついていた。なぜ回れるのか、なぜ手が離れないのかは、やってみてもわからなかった。けれど、とにかく、できたのだ。わたしは、とてもとても、うれしかった。もう何度でも回りたいとおもった。

 

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それからもう何日か居候させてもらった。泣きながらブタメンを食べたり、ろうそくの火でポテチを炙ってけらけら笑い合ったりした。(あたたかいポテチ、おいしいのでやってみてください。)

わたしは心のなかでは相変わらず、帰りたくない、働きたくない、いなくなりたい、とばかり思っていた。友だちが出勤している留守番の間に、いなくなる方法を、検索してしまう日もあったし、大体は、ひとりでぐったり寝ていた。鉄棒のことは、すごいことに思えるような気もすれば、みんなは当たり前に昔からできたことなのに、わたしは何を今更、恥ずかしい、と思えてしまう時も多くあった。

そうしているうちに、帰らなければならない日になった。明日は仕事なのだ。わたしは帰ることにした。駅で一緒にオムライスをたべて、カリモク60のガチャガチャを2回して、改札の前でさよならをした。お別れのハグをしてもらってわんわん泣いているわたしに、何番ホームに行けばいいか説明しようとして友だちが言った。

「まっすぐ行けよ、行けばわかるさ!」

笑わせてくれようとしたのかもしれない、けれど、ああ、ほんとうにそうだよなあと思って、目をくちゃくちゃにして泣きながら、改札を抜けて、何度も振り返って手を振りながらホームのほうへ歩き、ぐずぐず泣きながら階段を降りた。友だちは何度振り返っても、そこにいて、手を振り返してくれていた。

 

 

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【後書き】

ひとり暮らしの家に帰ってきて3日が経ちました。わたしは、死なない杯に出す文章には、ほんとうはなにか、もっと別のことを書くつもりでいました。

たとえば、近所にお気に入りの花屋があって、枝ものの桜や、黄色のチューリップや、しろいばらをそこで買って暮らしてきたこと。

たとえば、これまで鞄に入れて持ち歩いてきた愛読書(吉本ばななの「キッチン」や、市川春子の「25時のバカンス」)と、それを信号待ちや湯船で読み返してきた日々のこと。

あるいは、払えるあてもないローンを組んでトロンボーンを購入し、晴れていて元気がある日には公園で練習していること。なんとかこつこつ返済していること。

これらこそが、わたしが死なないでいるために、営んできたじぶんの暮らしだから。じぶんでじぶんを救うために、行ってきたことだったから。

だけど、そういったことだけを書くのは、なんとなくできませんでした。それだと、わたしの死なないは、どこかつくり話になってしまう気がしたのです。

 

ほんとうに死にたいとき、死んでしまいそうなとき、暮らしは機能しないように思えます。

花屋を訪れるどころか、倒れるのがこわくてシャワーさえ浴びられず、外に出られない日々、

鞄に愛読書を入れてあるのを覚えていても、ひらいて文字をなぞる気力すら残っていない日々、

食い扶持を稼ぎ続けられる保証もないのに、なんでローンなんて組んだのかと自責してしまう日々、

音楽を聴いたり、なにかを食べることすら、したくない日々、

死にたいと死なないの板挟みになって、泣けてきてしまう日々。

そんな日々に、わたしの頭に最後によぎるのは、いつも大体、遠くの街で暮らす友だちとの約束です。

「お正月にマニキュア贈ったの、あれはね、爪がかわいいと元気が出るかなとおもってのことだったんだよ〜 今度塗ったら写真送ってね!」

「秋にある演奏会2席予約しちゃった〜!一緒にホルストの1組聴きに行こうよ〜」

「お誕生日おめでとう、生まれてきてくれてありがとう。これからも、夢も約束も、たくさん叶えようね。」

 

ままならないことばかりだけれど、せめて存在していることが、いつか叶える約束の大前提になることを思うと、死なないでいようと思えたりします。

 

 

だいすきな友人各位へ

お元気ですか?

わたしは大阪で買ったたこ焼きスノーボール(…ならぬ、たこ焼きアオノリボールなのですが)を気に入って持ち歩いていて、勤務の休憩時間や寝る前のひとときにひっくり返しては遊んでいます。とても元気です。

次いつ会えるかわからないけれど、すこやかでいてね。そしてまた、最高なことをしようね。

わたしも死なないでいます。また会おうね。

 

 

死なない杯にお集まりのみなさんへ

見ず知らずのわたしのとても長い文章を、最後まで読んでくださってありがとうございます。

死なないでいるといろいろなことが起こるから、わたしたちはいつかどこかですれ違ったり、屋上のカウンターで隣の席になったりするかもしれませんね。もしいつかお会いしたときには、わたしのたこ焼きスノーボールをひっくり返して、降り注ぐアオノリを隣どうしで眺めたりしましょう、これもまた約束です。わたしも持ち歩くようにつとめるので、ぜひ声をかけてください。

 

 

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おしまい

 

 

※この文章は、西日暮里にある屋上さんが主催したコンペ「死なない杯」に応募し、いいな〜賞をいただきました。